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大村源次郎純定(おおむらげんじろうすみさだ)の墓
 
 大村純定は、大村藩筆頭家老、大村純勝の父親です。

 

 永禄12年(1569)夏の「葛の峠の合戦」で、戦死しました。宮の郷村記には、「宮村地頭である

大村純種が大村藩の藩主である大村純忠にそむき、武雄の後藤貴明につきました。純忠は兵を出し、

宮村の城を攻撃するが、後藤貴明と平戸藩の松浦鎮信の連合軍が、純種を助けるために来襲し

たので、大村方が破れました。大村純定は大村純忠を逃がすためしんがりとして戦い、この地で戦死し

た。」と書いてあります。

 

 このお墓は宮津から長畑に行く山道の奥にあり、初めて行く人にはなかなか見つけるのは難しい

ところにありました。山の中の寂しい所にあり、車が通る道からは全く見えません。

 

 墓はとても立派なもので(多分後世の人が作った?)二段の石積みの上に石塔が建ててありまし

た。お花も供えてあり、今でもお参りされている方がいることがわかりました。ただ家紋が大村家の

ものではないのが気になりました。

 

☆紹介文は、宮小学校文化クラブのメンバーが作成したものです。

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